ネット上の情報空間には、「シャンプーのたびに徹底的に絞り尽くさなければならない」「臭いが消えるまで絞り切るのが飼い主の義務」といった過度な衛生観念に基づく誤解が根強く蔓延しています。しかし、動物医療の専門家は口を揃えて、この「過剰ケアの弊害」に警鐘を鳴らしています。
肛門嚢の内壁は、非常にデリケートな分泌性の上皮細胞で覆われています。分泌物が大して溜まっていない状態であるにもかかわらず、飼い主が定期的なルーティンだからと強く揉みほぐしたり、皮膚越しに強い摩擦圧を加え続けたりすると、内部組織は微小な断裂と慢性炎症を繰り返します。
その結果、組織の線維化(硬化)が進行し、分泌液を送り出す導管が不可逆的に狭窄してしまうのです。つまり、「良かれと思って頻繁に絞りすぎていた行為そのものが、自力排出できない機能不全な肛門を作り出していた」という本末転倒な医療事故(医原性障害)が現場では後を絶ちません。
さらに見過ごせないのが、人間側の心理的バイアスです。家族同然に愛玩動物を慈しむあまり、動物特有の生理現象や特有の臭気に対して「不潔」「排除すべき異常」と過敏に反応し、徹底的な無菌化・無臭化をペットに強要してしまう現代的な病理が存在します。犬にとって肛門嚢の分泌物は自己のアイデンティティを示す重要な生体情報であり、完全に無臭化することなど不可能です。過度な清潔志向を押し付け、愛犬に無用な苦痛を与えていないか、飼い主自身の客観的な内省が求められます。