最大の分岐点は、自社での炊飯能力を超えた受注にあった。吉田屋は、不足するシャリ(酢飯)の製造を岩手県内の外部業者に委託していた。問題は、その輸送プロセスにある。
炊き上がった米は、本来であれば急速に冷却され、菌が増殖しない10度以下、あるいは菌が活動できない65度以上の高温で管理されなければならない。しかし、実際には段ボール箱に詰められた温かい状態のまま、一般的なトラックで運ばれていた。密閉された段ボールの内部は、菌にとってまさに「天国」のような適温に保たれ続けたのである。この信じがたい温度管理の甘さこそが、悲劇の引き金となった。