岡田有希子の遺体報道から40年|現場写真の真相とメディアの罪

岡田有希子の遺体報道から40年|現場写真の真相とメディアの罪

岡田有希子の遺体報道から40年|現場写真の真相とメディアの罪にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

事件当日の朝、事態は港区南青山の自宅マンションから始まりました。午前5時過ぎ、ガスの異臭に気づいた住民の通報により、レスキュー隊が部屋に突入。室内でリストカットを行い、ガスを吸引して倒れていた岡田さんが発見され、直ちに都内の病院へ救急搬送されました。幸い命に別条はなく、手当を受けた後、午前10時過ぎに現場へ駆けつけたサンミュージックの専務(当時)に付き添われて同社本社ビルへと移動します。

事務所が入居する東京・四谷のビルの会議室で、関係者が対応を協議し、故郷・名古屋の母親に連絡を取っていた最中でした。岡田さんは「ティッシュペーパーを取りに行く」と席を立ち、そのまま誰にも気づかれることなく階段を駆け上がり、サンミュージック屋上事件へと直結する凶行に及んでしまいます。飛び降り直前の様子を目撃した関係者は皆無であり、ビルの屋上フェンスによじ登った形跡だけが残されていました。

12時15分頃、事務所前の路面に激突。即死状態でした。警察の検視による岡田有希子 死因 真相は、全身強打による脳挫傷および多発外傷骨折と断定されています。当日の朝から救急搬送の報を聞きつけて事務所前に集結していた数十人の報道陣の目前で起きた惨事であり、逃れようのない現実が白昼の路上に晒されることになりました。これこそが、わずか18歳の少女が辿った痛ましすぎる岡田有希子 最後の行動の全貌でした。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。