トッキュウジャー オーディション裏話を検証すると、キャスティングの段階から横浜流星の存在感が異彩を放っていた事実が浮かび上がります。東映のプロデューサー陣は、オーディション会場に入ってきた瞬間の彼の「静けさの中に宿る芯の強さ」と「眼光の鋭さ」に強いインスピレーションを受けたと後に振り返っています。当時、ティーン向け雑誌『ニコプチ』や『nicola』のメンズモデルを務めていたものの、俳優としては目立った実績が少なかった彼にとって、このオーディションは人生のすべてを懸けた大一番でした。
主演のトッキュウ1号を務めた志尊淳 トッキュウ1号共演との関係性は、単なる仕事仲間の枠を遥かに超えていました。志尊淳は明るく現場を牽引するリーダーとして振る舞う一方、横浜流星は作品のクオリティを陰から支える職人のように立ち回る。撮影所近くの合宿同然の生活環境の中で、二人は夜遅くまで互いの芝居について語り合い、時には演技プランをめぐって本音で激突することもあったと当時の取材で明かされています。
当時の公式ムックや雑誌インタビューで横浜流星自身が吐露していたのは、「自分の芝居が思うようにいかず、監督から怒号を浴びせられ続けた悔しさ」でした。朝5時からのロケバス移動、冬場の極寒の採石場での泥まみれの撮影、声優のアフレコ(後から声を当てる作業)における声の表現力の壁など、特撮の現場は若手にとっての「現代の徒弟制度」そのものでした。志尊淳という強力なライバルであり盟友が隣にいたからこそ、弱音を吐かずに自らを極限まで追い込むことができたと言えます。