精密機器の受託加工を手がける町工場がスイーツ業界へ進出するという前代未聞の挑戦は、決して華やかな多角化構想から始まったものではありませんでした。発端は、生き残りをかけた極限状態での選択です。
1990年に創業した向山製作所は、半導体実装や電子基板の組み立てを主軸とする典型的な下請け製造業でした。しかし、2000年代後半に押し寄せた大手電機メーカーの工場海外移転、そして2008年の世界金融危機(リーマンショック)によって受注は突如として激減。会社の売上は数分の一にまで落ち込み、織田金也(おだ きんや)社長の目の前には「倒産」の二文字が現実味を帯びて迫っていました。
「従業員の雇用を何としても守らなければならない」。そう固く誓った織田社長が模索したのは、下請けのように他社に運命を握られる受託ビジネスではなく、自社で価格決定権を持ち、消費者へ直接価値を届けられるBtoC事業でした。そこで目をつけたのが、当時社会的な話題を集めていたスイーツ分野、なかでも「キャラメル」でした。
周囲からは「素人が菓子作りに手を出して成功するはずがない」と冷笑を浴びました。しかし、彼らには町工場として培った圧倒的な武器がありました。それが「数値化」と「徹底した温度管理」です。菓子職人の直感や経験則に頼るのではなく、生クリームや牛乳の配合比率、煮詰める際の温度変化を秒単位・0.1度単位で記録し、熱伝導率を計算し尽くした独自の製法を確立。口に入れた瞬間に余分な油分を残さず、ふわりとほどける極上の口どけを実現させたのです。
2009年に東京・表参道ヒルズの催事に出店すると、その驚くべき誕生秘話と圧倒的な味わいが口コミで瞬く間に拡散。その後、テレビ東京系列の経済ドキュメンタリー番組『カンブリア宮殿』でその波乱万丈な経緯が特集されるや否や、注文が殺到し全国的な知名度を獲得しました。さらにフランス・パリで開催される世界最大級のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」にも出品を果たし、名実ともに世界の美食家たちを唸らせる快挙を成し遂げたのです。