山下智久のグループ遍歴を巡っては、インターネット上で長年語り継がれているいくつかの誤解や見落とされがちな史実が存在します。
誤解1:生田斗真らとの「4TOPS」は不人気で解散したのか?
ジャニーズJr.黄金期をリアルタイムで知らない層からは「NEWSに選ばれなかったメンバーで結成されたのか」と誤認されることがありますが、事実は正反対です。4TOPS生田斗真、風間俊介、長谷川純、そして山下智久の4人は、Jr.のトップとして君臨し、『ザ少年倶楽部』のメイン司会を務めるなど、当時デビュー間近と目されていた最強の布陣でした。
ところが、事務所創業者による突然の「NEWS結成プロジェクト」によって、山下一人だけが引き抜かれる形となり、事実上ユニットは空中分解を余儀なくされました。生田斗真は後に当時の心境を「山下だけがデビューした時は悔しくてたまらなかった」と振り返っています。しかし、その悔しさをバネに生田や風間が「俳優枠」という新たな道を切り拓き、現在に至るまで山下と深い敬意で結ばれている事実は、日本のエンタメ史における胸を打つドラマの一つです。
誤解2:「修二と彰」の再結成アルバムが消えた理由
2005年の『修二と彰』は単なるドラマ企画の域を超え、出荷160万枚を突破する社会現象となりました。その後、2017年にはドラマ『ボク、運命の人です。』で再びタッグを組み「亀と山P」名義で活動。2020年には初のオリジナルアルバム『SI』の発売とドームツアーが発表されていました。
しかし、コロナ禍による公演中止と、同年10月の山下の事務所退所が重なったことで、アルバムの発売は無期限延期(事実上の発売中止)となりました。ネット上では「二人の不仲によるお蔵入りではないか」という憶測が飛び交いましたが、これは明確な誤りです。亀梨和也は山下の独立後も各メディアで敬意を込めて言及しており、2024年以降も公の場で交流を持つなど、二人の信頼関係は今なお強固に続いています。