吉永小百合さんの歩んできたキャリアは、そのまま戦後日本映画の黄金期と重なります。小学校6年生のときにラジオドラマ『赤胴鈴之助』で芸能界入りを果たし、1959年に松竹映画『朝を呼ぶ口笛』で銀幕デビューを飾りました。
その後、日活に入社すると瞬く間に看板女優へと成長。1962年に公開された主演映画『キューポラのある街』では、貧しい境遇に負けず前を向く少女・ジュンを熱演し、史上最年少(当時17歳)でブルーリボン賞主演女優賞を受賞しました。同年には橋幸夫さんとのデュエット曲『いつでも夢を』が爆発的ヒットを記録し、日本レコード大賞を受賞しています。
1960年代には、彼女を熱烈に支持するファンを指す「サユリスト」という言葉が社会現象となりました。多忙を極める芸能活動の傍ら、猛勉強の末に早稲田大学第二文学部西洋哲学科に進学し、次席という優秀な成績で卒業した知性も、多くの人々を惹きつけた要因です。
日活退社後も、『伊豆の踊子』『動乱』『華の乱』『夢千代日記』『北の零年』『母べえ』『最高の人生の見つけ方』など、映画史に残る名作へ出演を重ねてきました。通算120本を超える主演映画はいずれも高い評価を受け、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を歴代最多となる4度受賞するなど、名実ともにトップ女優としての地位を確立しています。