山下清とおにぎりの嘘と真実|ドラマが描かなかった放浪日記の正体

山下清とおにぎりの嘘と真実|ドラマが描かなかった放浪日記の正体

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食生活だけでなく、山下清の生涯そのものにもドラマと実話の大きな隔たりがある。彼の才能を開花させた背景と、画家としての驚異的な制作スタイルを整理しておく必要がある。

清がちぎり絵(貼り絵)と出会ったのは、千葉県市川市にあった知的障害児施設「八幡学園」である。ここで清は細かくちぎった色紙をピンセットも使わずに指先だけで緻密に貼り合わせる独自の技法を確立した。精神科医の式場隆三郎らがその驚異的な才能を見出し、「日本のゴッホ」として世に紹介したことで一躍脚光を浴びることになる。

そもそも彼が放浪に出た最大の契機は、兵役検査(徴兵検査)から逃れるためだった。ドラマではふらりと風のように旅立つ姿が描かれるが、発端は徴兵を極度に恐れた切実な逃亡劇だったのだ。

さらに驚くべきは、放浪中に貼り絵の道具を持ち歩くことはなく、旅先で絵を描くこともほぼ皆無だったという事実だ。ドラマでは旅先でお世話になった人へ感謝の印として絵を描く場面が定番だが、現実は全く異なる。清は並外れた「映像記憶(直観像記憶)」の持ち主であり、旅の途中で目にした風景を脳裏に完璧に焼き付け、八幡学園や東京の自宅に戻ってから記憶だけを頼りにあの大作群を一気に仕上げていた。

感謝の対価として絵を描く旅芸人のような存在ではなく、純粋に現実から逃れ、自由を享受するために歩き続けたアウトサイダー――それこそが山下清という芸術家の真の骨格である。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。