映画の終盤、全校生徒の視線と動線が雪崩のように屋上へと集中します。「桐島が屋上にいるらしい」という真偽不明の噂を聞きつけ、我先にと駆け上がってくるカースト上位陣。しかし、そこにいたのは桐島ではなく、夕暮れの中でゲリラ撮影を敢行していた映画部でした。
自分たちの領域を侵されたと怒る梨紗たちに対し、映画部は撮影の邪魔をされた怒りを爆発させます。ここで前田の脳内に広がるのは、「ゾンビと化した上位層の生徒たちを、映画オタクたちが内臓を喰らい裂いて皆殺しにしていく」というグロテスクで痛快な妄想(演出)です。他人の目を気にして流されるまま生きてきた者たちこそが、魂を失った本物のゾンビではないのか――。痛烈な批評性が炸裂する名場面です。
騒乱が収束した直後、夕日に照らされた屋上で前田と宏樹が交わす短い対話こそ、本作が伝えたかったメッセージの核心です。
8mmカメラを構える前田に対し、宏樹は問いかけます。「将来、映画監督になれそう?」
前田は即座に首を振ります。「無理無理。全然なれない」
宏樹は怪訝そうに重ねます。「じゃあ、なんで撮るの?」
前田は照れくさそうに、しかし確信に満ちた笑顔で答えます。
「時々、俺たちの好きな映画と、自分たちが撮ってる映画が繋がってるって思う瞬間があって……それで十分だから」
この答えを聞いた瞬間、宏樹は言葉を失い、やがて涙を流します。宏樹は体格に恵まれ、運動能力も高く、誰からも羨まれるカースト上位にいながら、何一つ本気で打ち込めるものを持っていません。一方で前田は、才能がないことを自覚しながらも、心から愛するものと繋がり、今この瞬間を自らの意志で肯定して生きている。
ラストシーン、誰もいなくなったグラウンドで宏樹は携帯を取り出し、桐島に電話をかけます。コール音が鳴り響く中、宏樹は遠くで泥だらけになって自主練習を続ける野球部の部員たちを見つめます。彼は「不在の桐島」にすがるのをやめ、「何者でもない自分」の虚無と向き合い、自らの足で歩き出さなければならない現実を受け入れたのです。