坂上忍の父親の名前は坂上勝也(さかがみ かつや)氏です。福岡県大牟田市の出身で、文学をこよなく愛し、若き日は純文学作家を目指していた知的な一面を持つ人物でした。
父親の職業キャリアは、地方新聞の記者からスタートしています。上京後は文筆活動を続けながら、自ら出版社や雑誌の編集プロダクションを立ち上げるなど、一時は事業家としても活動していました。坂上忍が幼少期の記憶としてメディアで語る姿によれば、読書家で博覧強記、機嫌が良いときは非常に魅力的で人を惹きつけるカリスマ性を備えていたといいます。
しかし、文壇での成功は遠く、理想と現実の乖離から次第に精神的な不安定さを露呈していきました。自著や過去のインタビューにおいて坂上忍は、「文学への純粋な情熱を持っていたが、それ以上に破滅型の資質を抱えていた」と父親を振り返っています。酒と賭け事に溺れていくその生き様は、太宰治などの無頼派作家を想起させる危うさを孕んでいました。