千林の街を歩くと、まず耳に飛び込んでくるのが軽快なテンポのオリジナルソング「せ・ん・ば・や・し〜♪」と、威勢のいい店主たちの呼び込みです。大阪屈指の活気を誇る千林商店街は一体なぜここまで愛されるのか。その根源を探るには、昭和30年代に起きた日本の流通史最大の事件、すなわち千林商店街ダイエー発祥の歴史に目を向ける必要があります。
1957年(昭和32年)9月、創業者である中内㓛氏がこの地に開いたのが、わずか13坪の「主婦の店ダイエー」薬局店でした。メーカーの希望小売価格に縛られず、流通マージンを削ぎ落として「良い品をどんどん安く」提供する中内氏の手法は、既存の商業者と激しい摩擦を生みました。いわゆる「第1次価格破壊」の狼煙(のろし)が上がった現場こそが、この千林だったのです。
当時の報道記録や商店街関係者の証言を紐解くと、ダイエーの破格の安さに危機感を抱いた地元商店主たちは、ただ反対運動をするだけでなく「ダイエーよりも安く、さらに良いものを売る」という過酷な価格競争に突入していきました。この極限の生存競争を通じて培われた「安くて旨いものを出さなければ客に見向きもされない」という商人魂こそが、現在に至るまで千林商店街が安い決定的な理由のDNAとなっています。