「mind the gap」が世界中でこれほど特別なフレーズとして愛される最大の契機となったのが、劇団出身の俳優オズワルド・ローレンス(Oswald Laurence)氏の音声を巡る実話です。
ローレンス氏は1960年代後半に初代アナウンスの声を吹き込んだ人物の一人でした。彼が2007年に他界した後、未亡人となったマーガレット・マッカラム(Margaret McCollum)さんは、夫の声を聞くために毎日エンバングメント駅(Embankment station)のノーザン線ホームへ通い詰めていました。彼女にとって、スピーカーから流れる夫の声は、亡きパートナーとの絆を実感できるかけがえのない時間だったのです。
しかし2012年、地下鉄のデジタル音源化に伴い、突然ローレンス氏の音声が別のアナウンスへと一斉に差し替えられてしまいます。深い喪失感を抱いたマーガレットさんは駅員に事情を打ち明け、「夫の声をもう一度手元に残したい」とロンドン交通局(TfL)へ相談を持ちかけました。
事情を知ったTfLのスタッフは古いアーカイブからローレンス氏のオリジナル音源を捜し出し、CDに収めて彼女へプレゼントしました。それだけでなく、TfLは「マーガレットさんがいつでも夫の声に会えるように」と、エンバングメント駅の北行ホームのアナウンスだけをオズワルド氏の声に戻す特別対応を決断したのです。この粋な神対応は英BBCをはじめ世界中で大きく報道され、今なお語り継がれる心温まる感動秘話となっています。