映画『特捜部Q』シリーズを語る上で、ファンが最も衝撃を受けたのが第5作『知りすぎたマルコ』における主要キャストの一斉交代でした。ニコライ・リー・コスが演じる無骨で傷つきやすいカールと、ファレス・ファレスが演じる穏やかで鋭敏なアサドの名コンビは絶大な支持を得ていたため、ネット上では「なぜ降板したのか」「不仲やトラブルがあったのではないか」と憶測が飛び交いました。
しかし、業界関係者の取材や公式発表の事実関係を精査すると、そこには映画化権の契約構造と原作者のビジョンによる明確な理由が存在していました。
1. 制作会社の権利移行(ツェントローパ社からノルディスク・フィルム社へ)
第1作から第4作を手掛けたデンマークの映画製作会社「ツェントローパ(Zentropa)」は、原作者ユッシ・エーズラ・オールスンとの間で当初4作品の映画化オプション契約を結んでいました。第4作『カルテ番号64』が歴史的大ヒットを収めた後、残る原作(第5作以降)の映画化権は、北欧最大手の映画会社「ノルディスク・フィルム(Nordisk Film)」へと移管されました。制作体制がゼロベースで再構築されたことが、刷新の根本的な契機です。
2. 原作者ユッシ・エーズラ・オールスンの意向と「原作の年齢設定」
原作者のユッシ・エーズラ・オールスンは、初期4作の映画的な完成度を高く評価しつつも、自身の小説に描かれたキャラクター造形とのギャップを指摘していました。原作のカール・マークは50代後半の疲弊した中年男性であり、初期映画版のニコライ・リー・コスは「少々若く、ハンサムすぎた」という側面がありました。
新体制となった第5作では、より原作の年齢設定に近く、国際的にも名優として知られるウルリッヒ・トムセン(当時50代後半)がカール役に抜擢されました。アサド役にもザキ・イェセフ、助手のローセ役にもソフィー・トルプが起用され、映画的なスタイリッシュさから「北欧の乾いたリアリズム」へと舵が切られたのです。