力道山を刺した男・村田勝志の正体|犯行動機と壮絶な最期の真相

力道山を刺した男・村田勝志の正体|犯行動機と壮絶な最期の真相

力道山を刺した男・村田勝志の正体|犯行動機と壮絶な最期の真相に関する専門家の意見を詳しく解説いたします。

Q1:力道山を刺した犯人の名前と、事件当時の年齢は何歳でしたか?
A1:犯人の名前は村田勝志(むらた かつし)です。1963年12月8日の事件発生当時、24歳でした。暴力団・住吉一家傘下の「大日本興業」に所属する構成員でした。

Q2:なぜ村田勝志は力道山を刺したのですか?具体的な動機は何ですか?
A2:直接の動機は、赤坂の高級ナイトクラブ「ニューラテンクォーター」の通路ですれ違いざまに起きた口論です。酒に酔った力道山から激しい頭突きや殴打を浴びせられ、壁に押し付けられて首を絞められるなどして生命の危機を感じた村田が、パニック状態の中で所持していた登山ナイフを抜き、過剰防衛として腹部を刺しました。事前の計画性は一切ありませんでした。

Q3:力道山は刺された傷で即死したのですか?直接の死因は何でしたか?
A3:即死ではありません。刺された直後は自力で歩行し、山王病院で開腹手術を受けて一時は回復傾向にありました。しかし、術後に医師の指示に反して水分や固形物を摂取したことなどが引き金となり、腸閉塞と細菌感染による化膿性腹膜炎を併発。事件から7日後の12月15日に急性心不全・敗血症のため39歳で死亡しました。

Q4:村田勝志の裁判の判決と、出所後の最期はどうなりましたか?
A4:裁判では計画的殺意が否定され、傷害致死罪により懲役7年の実刑判決が下されました。服役後は再び組織に戻り幹部を務めましたが、毎年力道山の命日に墓参りを続け、後年には遺族に直接土下座して謝罪しました。2013年4月9日に都内の病院で病気(胆管がん)のため73歳で死去しています。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。