誰もが真似した「我々は宇宙人」という名フレーズ、実は元ネタをご存じでしょうか。映画やテレビ発祥の噂から扇風機で喉を鳴らす定番ネタのルーツまでを追跡すると、大衆文化の記憶がいかにして作られたのかという意外な事実に突き当たります。
映画研究者や昭和カルチャー愛好家の間で我々は宇宙人 元ネタの最有力候補として真っ先に挙げられるのが、1956年(昭和31年)1月に公開された大映製作の特撮映画『宇宙人東京に現わる』です。日本初の本格的長編カラー宇宙人映画として知られ、世界的な前衛芸術家である岡本太郎がデザインを手がけたヒトデ型の異星人「パイラ人」が登場することで映画史にその名を刻んでいます。
パイラ人は地球を天体衝突の危機から救うために訪れた平和の使者であり、劇中では超音波や電波を通じて地球人に警告を発します。しかし、現存する劇場公開版の本編フィルムや復刻台本を綿密に検証すると、驚くべき事実が判明します。劇中でパイラ人が発する言葉は「我々はパイラ人だ」という自己紹介や状況説明が主であり、「我々は宇宙人だ」というドンピシャのセリフは一言も発せられていません。
それにもかかわらず、我々は宇宙人だ 由来として同作が定着したのはなぜでしょうか。当時の新聞広告や映画館のロビーカード、後年のテレビ再放送時の惹句において「宇宙人来たる」「宇宙人からの警告」といった扇情的なコピーが多用された結果、パイラ人の奇抜なビジュアルと「宇宙人」という呼称が観客の無意識下で結合したと考えられます。大衆が抱く宇宙人像の原型がこの時期に形成されたことは間違いありませんが、セリフそのものは後の時代にアレンジされて広まったというのが客観的な事実です。