妻妾の残酷な格差とは?正妻と側室の序列と明治廃止の真相に迫る

妻妾の残酷な格差とは?正妻と側室の序列と明治廃止の真相に迫る

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歴史劇などで描かれる「正妻と側室のいがみ合い」は、ドラマチックなフィクションに過ぎない場合が大半です。現実の武家社会や公家社会において、正妻と側室の違いは絶対的な階級格差であり、公認の主従関係そのものでした。正妻は同格以上の家柄から政治的同盟として輿入れしてくる「同盟者」であるのに対し、側室は多くの場合、身分の低い武士の娘や町人、召使いから見初められた存在だったからです。

この残酷な格差を如実に物語るのが、出産にまつわる過酷な儀礼です。側室が男子を出産した場合、その子は誕生した瞬間から「正妻の子」として扱われました。妾の実親は実子にとって法的な親族とは認められず、子どもが妾を「お母様」と呼ぶことすら許されない家庭が通例でした。乳母や召使い同然の扱いを受け、我が子が元服して跡継ぎとなっても、正妻が健在である限り公の席で母として振る舞うことは固く禁じられていたのです。

海外に目を向けると、中国王朝における妻妾制度の序列はさらに過酷な法規で固められていました。紫禁城を舞台とする後宮の妻妾争いと真相を紐解くと、皇后を頂点として皇貴妃、貴妃、妃、嬪、貴人、常在、答応といった厳格な品階(官位)がピラミッド型に敷かれていました。唐の法律である『唐律疎議』や明・清の法典では、「妻がいるのに妾を妻にした者は杖刑(むち打ち)90回に処し、元の身分に戻す」と明記されており、妻と妾の境界線を崩す行為は国家刑罰の対象だったのです。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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