加藤の乱という壮絶な自爆劇がもたらした最大の皮肉は、盟友・小泉純一郎への権力移譲を劇的に加速させたことだ。翌2001年春、森喜朗首相の退陣に伴う総裁選で勝利した小泉は、「自民党をぶっ壊す」という過激なスローガンを掲げて政権を奪取した。
小泉が成し遂げたポピュリズム的手法と国民直結型の劇場政治は、加藤が目指しながらも失敗した「世論をテコにした党内改革」の変形完成形だった。加藤の挫折によって宏池会は分裂し、鈴木善幸、宮沢喜一と続いたリベラル保守の本流は急速に発言力を失った。現代日本政治史を俯瞰すれば、この政変こそが、長らく日本を動かしてきた伝統的派閥力学の崩壊と、首相官邸への権力集中への決定的な転換点だったことがわかる。