モンジュイックの丘を目指す過酷なコース。30キロ手前の給水所で惨劇は一瞬のうちに起きた。混雑のなかで後続ランナーに踵を踏まれ、右足のシューズが脱げ落ちる。硬い舗装路に打ちつけられた膝の痛みと焦燥。しかし谷口浩美は、潰れた踵を必死に押し込み、再びレースへと復帰した。先頭集団から置き去りにされながらも、鬼気迫る激走で8位入賞を果たしてみせたのだ。
レース直後、マイクを向けられた彼の口からこぼれたのが「こけちゃいました」というあまりにも有名な言葉だった。爽やかな笑みすら浮かべたその態度に日本中が心を揺さぶられたが、最新の独占インタビューで明かされた未公開の証言は、あの表情の裏にあった切迫した現実を物語る。「倒れた瞬間、右足の感覚が飛んでいた。パニックになりそうな自分を抑え込むには、笑うしかなかった。怒りや無念さを言葉にしたら、そこで自分の走りが終わってしまう気がしたんだ」。
絶望的なハンデを背負いながら、なぜフィニッシュラインまで足を動かし続けられたのか。給水所での転倒劇から意地の8位入賞へと繋げた背景には、痛感した焦りや無念を必死にコントロールする冷静な心理戦があった。長年語り継がれてきたエピソードの深層が、ここにきて鮮やかに解き明かされる。