テレビが流さない映像は、どこへ行くのか。その受け皿となっているのがYouTubeやX(旧Twitter)だ。事件の直後から無加工の動画が次々とアップロードされ、数時間で数百万回再生を突破する。アルゴリズムが拡散を煽り、コメント欄では視聴者による怒涛の考察合戦が繰り広げられる。
だが、ここには深刻な問題も潜んでいる。文脈を無視した動画の切り抜きや、インプレッション稼ぎを目的とした過剰演出だ。市民ジャーナリズムが権力の監視役として機能する一方で、単なる集団私刑の道具と化す危険性も常につきまとう。誰もが発信者になれる世界で、真実とデマの境目はかつてないほど曖昧になっている。