オンライン上のコミュニティやSNSにおけるテキストコミュニケーションの現場を観察すると、ジー顔文字は単なる装飾を超えて、「言葉に頼らない意思表明のカード」として高度に使い分けられています。
大手SNSや知恵袋、チャットワーク等のコミュニティで寄せられた意見を検証すると、送り手と受け手の間には興味深い意識のズレが存在することが浮かび上がってきます。
肯定的な意見としては、「『まだ?』と文字で打つと角が立つが、|ω・)ジーと送れば相手もプレッシャーを感じずに返信しやすい」「文字を入力する時間がない移動中でも、視線顔文字1つで『見てるよ』という既読サインを送れる」といった、摩擦を避けるためのツールとして評価する声が大多数を占めます。
その一方で、受け手側の本音を掘り下げると、異なる側面も見えてきます。「業務中に同僚から( ˙-˙ )ジーだけがポンと送られてくると、要件が分からず無言の圧力を感じて胃が痛くなる」「何に対しての視線なのかコンテクスト(文脈)が共有されていないと、責められているように感じる」という声も少なくありません。
記号としての愛らしさに安心しきってしまうと、相手に「察すること」を強要するノイズへと変貌してしまう危険性をはらんでいます。