旅のガイドブックや一般的な観光案内では、出雲大社の正門である「勢溜の鳥居」から参拝をスタートするルートが定番として紹介されています。しかし、古くからの信仰伝承や神事の脈絡を紐解くと、出雲大社と稲佐の浜の参拝順序において「浜を起点とする巡り方」こそが極めて理にかなった作法であることが分かります。
その最大の根拠となるのが、旧暦10月(神在月)に執り行われる神在祭と神迎神事の真相です。日本各地の八百万(やおよろず)の神々は、出雲の地へ集結する際、まず稲佐の浜へ海から上陸されます。出雲大社の神職たちも夕刻、この浜の波打ち際でかがり火を焚き、神々をお迎えする「神迎神事(かみむかえしんじ)」を厳かに奉仕します。その後、神々の先導役である龍蛇神(りゅうじゃしん)に導かれ、稲佐の浜から大社へと向かう「神迎の道」を行進するのです。
つまり、参拝者自らも稲佐の浜へ先に足を運び、海原に向かって身を清め、神々と同じ道筋を辿って境内に入ることは、神話の追体験そのものに他なりません。さらに実務的な観点からも、出雲大社の最深部に位置する素鵞社で「御砂」をいただくためには、事前に稲佐の浜で砂を採取して持参しなければならないという明確な理由が存在します。
浜辺にそびえ立つ巨岩「弁天島」の存在も見逃せません。現在、稲佐の浜弁天島の御祭神は海の神である「豊玉毘古命(トヨタマヒコノミコト)」が祀られています。明治の神仏分離令以前は弁財天が祀られていたことから今なお弁天島と呼ばれていますが、古来より国譲り神話の舞台としても名高い聖域です。まずはこの地で大西洋の風を受けながら旅の無事を感謝し、神聖な砂を少量授かってから大社へ向かうことこそが、参拝の意義を最大化させる第一歩となります。