しかし、爆発的な人気の裏側で、団体内部には急速に歪みが生じていました。UWF分裂の経緯における最大の要因は、莫大な興行収入を巡るフロント陣との不信感、そして選手間のギャランティ格差やマッチメイクへの不満でした。
1990年12月、長野・松本大会の控室で起きた前田によるフロント幹部への暴力事件を契機に、団体は活動停止と全選手の解雇という最悪の結末を迎えます。この時、前田は「選手全員で結束して立て直す」青写真を描いていましたが、高田をはじめとする主力選手たちは別の道を選択しました。
結果として、団体は以下の3派に完全分裂することになります。
- 前田日明派:「リングス(RINGS)」を旗揚げし、海外ネットワークと総合格闘技路線へ傾倒
- 高田延彦派:「UWFインターナショナル(Uインター)」を設立し、プロレスの最強幻想を追求
- 藤原喜明派:「プロフェッショナルレスリング藤原組」を結成(後のパンクラスへ派生)
前田にとって、自身が手塩にかけて育て、苦楽を共にしてきた高田たちが自分のもとを去った事実は、精神的に計り知れない痛手でした。これが、高田延彦と前田日明の絶縁理由の決定打となったのです。