細木数子氏の最初の結婚は、彼女が25歳だった1963年(昭和38年)前後のことです。当時、細木氏は東京・銀座で複数のクラブ(「倶楽部蘭」など)を経営する若き女性実業家として頭角を現していました。華やかな夜の街で才覚を発揮していた彼女の前に現れたのが、店の常連客であった静岡県の老舗眼鏡店の御曹司でした。
熱心な求婚を受けて静岡へ嫁いだ細木氏でしたが、その結婚生活は極めて短命に終わります。自著や当時の取材証言によると、封建的な旧家の家風や「地方の裕福な商家に嫁いだ若妻」という固定的な枠組みは、すでに独立した事業家として生きていた細木氏の気質と決定的に衝突しました。
わずか3カ月で夫の実家を飛び出し、東京へと戻った細木氏は再び実業の世界へ身を投じます。その後、約3年の別居期間と法的な話し合いを経て、1966年頃に正式な協議離婚が成立しました。この結婚において子どもは誕生しておらず、これが細木氏にとって生涯で唯一「法的に有効に成立し、後に解消された婚姻」となりました。