ブラックホールへの落下をめぐって最も人々を混乱させ、かつ魅了するのが一般相対性理論が予言する「時間の遅れ(重力時間遅れ)」です。この現象は、落下していく本人と、それを安全な遠方から望遠鏡で見守る外部観測者との間で、観測される現実が真っ二つに分裂することを意味します。
外部から見守る観測者の視点では、落下者がブラックホールに近づくにつれて、その時計の進みは目に見えて遅くなっていきます。事象の地平面に近づくほど時間の遅れは極限に達し、境界に触れた瞬間、落下者の動きは完全に静止したように見えます。さらに、落下者から放たれる光の波長が重力によって極限まで引き伸ばされる「重力赤方偏移」が起きるため、姿は次第に赤黒く変色し、最終的には電波の領域へフェードアウトして闇へと消滅します。外部の人間にとっては、「吸い込まれた瞬間」を永遠に目撃することはできません。
しかし、落下している本人の主観時間は全く異なります。本人の腕時計は正確に時を刻み続け、何のためらいもなく事象の地平面を通過します。超大質量ブラックホール(太陽の約430万倍の質量を持つ天の川銀河中心の「いて座A*」など)の場合、地平面を通過してから中心へ激突するまでの時間は、本人の体感でおよそ数秒から数十秒程度に過ぎません。
インターネット上の掲示板や知恵袋などで頻繁に議論される「ブラックホールに落ちたら、外部の宇宙が何百億年も早送りされて宇宙の終焉を見届けることができるのか」という疑問があります。これに対する最新物理学の回答は「一部はイエスだが、完全な終焉を見る前に中心に衝突する」というものです。背後から差し込む光が超高エネルギーの青い光へと圧縮(青方偏移)され、宇宙の歴史が猛烈なスピードで早送りされる光景を視界の片隅に捉えつつも、それを最後まで鑑賞する暇もなく終末を迎えることになります。