長年続いた負の連鎖を食い止める転換点となったのが、元福井県警警察官の茂幸雄(しげ ゆきお)氏による活動です。茂氏は警察官時代に東尋坊で多くの遺体と対面し、「崖に来る前の段階でなぜ救えなかったのか」という痛恨の思いから、退職後の2004年に東尋坊の救命活動を行うNPO法人「心に響く文集・編集局」を設立しました。
茂氏らが実践するのは、双眼鏡を手にした年中無休の地道な目視パトロールです。現場で声をかける相手には明確な特徴が見られます。薄着で寒さに震えている、所持金がほとんどない、日没後も岩場に座り込んで海を見つめ続けている——そうしたわずかな異変を察知し、「ちょっとお茶でも飲まないか」と穏やかに寄り添います。
岩場の近くに設置された「心の響電話ボックス」も象徴的な命の砦です。内部には10円玉数枚、テレホンカード、タバコ、ライター、聖書、そして相談窓口の連絡先が置かれており、所持金を失った人が最後に外部と繋がれる配慮が施されています。この場所で踏みとどまり、受話器を取ったことで一命を取り留めたケースは数え切れません。
活動の特筆すべき点は、保護した後の生活再建まで伴走することです。一時的な宿泊場所の提供から、借金問題の債務整理、生活保護の受給手続き、アパートの賃貸契約まで、生きる基盤を整える支援を行っています。これまでに同NPOが保護した人数は累計で800名を超えており、民間の強い意志が現場の歴史を塗り替えました。