趣里の生い立ちを正確に把握するために、まずは基本プロフィールと家族構成を整理します。
趣里の本名は水谷趣里(みずたに しゅり)。1990年9月21日、東京都で生まれました。父・水谷豊と母・伊藤蘭は1989年に結婚しており、趣里は2人の間に生まれた一人娘です。「趣里」という名前には、「趣(おもむき)のある豊かな人生を歩んでほしい」という両親の切なる願いが込められていました。
大スターの家庭に育ちながらも、幼少期の趣里が最初に情熱を注いだのは演技ではなくクラシックバレエでした。4歳からレッスンを始め、プロのバレリーナを目指してレッスン漬けの毎日を送ります。都内の名門校である桐朋女子中学校を卒業後、15歳という若さで単身イギリスへ渡り、名門「アーツ・エデュケーショナル・スクール」へバレエ留学を果たしました。
しかし、17歳の時に過酷な悲劇が彼女を襲います。度重なるハードな練習が祟り、アキレス腱断裂および足首の剥離骨折という致命的な大怪我を負ってしまったのです。現地の医師から「以前のように踊ることは極めて困難」と告げられ、志半ばでバレエ留学の断念と帰国を余儀なくされました。
幼い頃からの夢が音を立てて崩れ去り、深い失意の底に沈んでいた彼女を再び光の当たる場所へ導いたのが「表現への渇望」でした。高卒認定試験に合格して大学へ進学したものの、心にぽっかりと空いた穴を埋めるため、軽い気持ちで足を踏み入れたのが俳優養成所「アクターズクリニック」でした。そこで故・塩屋俊氏の指導を受け、「言葉を使って感情を表現する演技の奥深さ」に雷を打たれたような衝撃を受け、両親と同じ役者の道を志すことを決意したのです。