日本のインターネット上では時折、「カルピスCMの後に消息不明になった」「突然姿を消した」といった誤解や極端な噂が散見されます。しかし、これらは事実無根の謬説です。
彼女がメディアから距離を置いたのは、前述した「喘息治療への専念」と「5人の子育てに専念するための意識的な選択」によるものです。実際にはその後も定期的に公の場へ姿を見せており、以下のような活動を継続してきました。
- 1980年代〜1990年代:フィギュアスケートの技術解説者やテレビコメンテーターとして活動し、ルール改定(コンパルソリー廃止とショートプログラム導入)の意義を専門的見地から訴求。
- 1998年長野五輪・2007年東京世界選手権:来日して日本のメディア取材に応じ、かつて自らを温かく迎えてくれた日本のファンへ感謝のメッセージを発信。
- 2014年ソチ五輪:ショートプログラム16位からフリーで完璧な演技を見せて世界を感動させた浅田真央選手に対し、自身の札幌五輪の体験を重ね合わせながら「真央のスケートはメダルを超えた真の芸術」と称賛の手紙を寄稿。
このように、彼女は表舞台から完全に消え去ったのではなく、アスリートとしての役割を終えた後も自らの意志で選び取ったペースで発信を続けていたのです。