日本のモータースポーツファンにとって、セナとマクラーレンの物語は鈴鹿サーキット(日本グランプリ)抜きには語れません。1988年から1990年にかけての鈴鹿での出来事は、日本のF1ブームを社会現象へと押し上げる決定打となりました。
1988年、ポールポジションスタートながら痛恨のエンジンストールを喫し、14番手まで後退したセナが見せた驚異の追い上げ劇は、いまなお「鈴鹿の奇跡」と称されます。濡れた路面で次々と前走車をオーバーテイクし、劇的な逆転優勝で自身初のタイトルを獲得した瞬間、日本のファンはセナというドライバーに神話性を見出しました。
しかし、翌1989年のシケインでのプロストとの接触・失格処分、さらに1990年のスタート直後第1コーナーにおける時速250kmでの意図的な突っ込みによる同士討ちクラッシュは、スポーツマンシップの境界線を揺るがす劇薬となりました。SNSやモータースポーツコミュニティにおけるファンの回顧録を検証すると、「あの時代の熱気は単なるレース観戦ではなく、人生のすべてを賭けた人間の剥き出しのドラマに魂を揺さぶられていた」という声が圧倒的多数を占めています。