山根氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、2005年に就任した「NHKアナウンス室長」というポストです。全国におよそ500名在籍するNHKアナウンサーの頂点に、女性として初めて就任した人事は当時、放送界のみならず財界や政界でも大きな話題となりました。理事待遇のエグゼクティブアナウンサーとして、組織運営の重責を担う立場に登り詰めたのです。
しかし、就任からわずか約2年後の2007年、定年を待たずにNHKを早期退職します。当時、一部メディアでは「組織内での軋轢」「体調不安」など様々な憶測が飛び交いました。だが、当時のインタビューや自著・手記で本人が明かした退職理由は、極めて純粋で本質的なものでした。
室長職に就いたことで、日々の業務の大半は組織マネジメント、予算管理、人事調整といった管理業務で埋め尽くされました。マイクの前で言葉を発する機会が激減する中、山根氏の胸中に去来したのは「自分は一生を管理職として終えたいのか、それとも一人の語り手・言葉の表現者として生きたいのか」という根源的な問いでした。
当時、山根氏は自著などで「子どもの言葉の乱れや、声を通じた心の触れ合いが失われつつある現実に、直接向き合いたい衝動を抑えられなくなった」という趣旨の告白を残しています。組織のトップという安定した栄誉を手放し、自らの足で現場へ戻る道を選んだ決断は、彼女の表現者としての矜持そのものでした。