観客の間で今なお熱く議論される「二人はなぜ別れなければならなかったのか」という問い。その根本には、浮気や裏切りといった突発的なトラブルではなく、青年期から成人期への移行に伴うアイデンティティの変容が存在していました。
麦は「絹と暮らす生活を守るため」に就職し、長時間労働と理不尽な営業ノルマに身を捧げました。しかし皮肉にも、生活を守るために選んだ労働が、絹と心を通わせる時間と文化的感受性を奪い去っていきます。かつて愛読していた漫画『ゴールデンカムイ』は新刊を買うだけで読まれなくなり、麦の脳内は「仕事の責任」で占められていきました。
対する絹は、広告代理店を辞めてイベント企画会社へ転職。「好きなことを仕事にして生きていく」道を選びます。麦はこれを「社会を舐めている」と批判し、絹は麦の変貌を「感性の死」として捉えました。どちらかが悪かったわけではなく、成人発達段階における適応の方向性が真逆だったことこそが、修復不可能な溝を生み出したのです。