夫妻を巡っては、闘病の嵐が過ぎ去った後に週刊誌やネットニュースで「misonoと夫の別居報道」「離婚危機か」といった見出しが頻繁に躍りました。この報道の背景には、ふたりが選んだ独自の生活様式が存在します。
事実は、メディアが煽るような家庭内不和による別居ではありません。発端となったのは、misonoが自身のルーツに近い関西(京都)に活動拠点を広げ、エステサロンのプロデュースや子ども食堂支援、地域振興事業に本格参入したことでした。一方のNosukeは、バンドリハーサルやレコーディングスタジオ、音楽講師としての拠点が東京都内に集中しています。
連日新幹線で往復するような無理を重ねれば、大病を克服したばかりのNosukeの身体にも、多忙を極めるmisonoの心身にも過度な負荷がかかります。ふたりが話し合いの末に導き出した結論は、「形だけの同居に固執して共倒れになるのではなく、お互いの仕事と健康を最優先にするための自立型別居婚」でした。
また、家族の結束という観点において欠かせないのが、実姉である倖田來未との関係性です。Nosukeは倖田來未の義弟にあたりますが、闘病中はもちろん、別居報道が出た際も家族間のコミュニケーションは極めて密に保たれていました。倖田ファミリー全体がNosukeの体調を常に気遣い、互いの表現活動をリスペクトし合う強固な絆が存在しているため、外野が騒ぐような「破綻」の兆候は微塵も存在しませんでした。