1980年代から2000年代にかけて世界的なブームを巻き起こした俗説のひとつに、「女性は左右の大脳半球を結ぶ脳梁(のうりょう)の後部が太いため、直感力やマルチタスクに優れ、男性は脳梁が細く左右が独立しているため論理的思考に特化している」という言説がありました。これがいわゆる男女の脳構造の違いと脳梁をめぐる定説の起源です。
ところが、近年の大規模ニューロイメージング研究はこの仮説を真っ向から否定しています。イスラエル・テルアビブ大学のダフナ・ジョエル教授らが主導し、米科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された画期的な論文では、1,400人以上の脳MRIスキャンデータを詳細に検証。その結果、ある特定の脳領域が「典型的な男性型」または「典型的な女性型」として一貫して分類できる個人は、全体のわずか6%未満に過ぎないことが判明しました。
人間の脳は、男性的な特徴とされる要素と女性的な特徴とされる要素がパッチワークのように入り混じった「モザイク脳」として構成されています。英エディンバラ大学やUKバイオバンクに蓄積された4万人規模の脳画像データベース解析においても、体格差による脳容積(男性の方が平均して約10%大きい)を統計的に補正した場合、特定の認知機能を男女という性別だけで明確に二分することは不可能であると結論付けられました。つまり、男と女の脳の違いの真相とは、「ハードウェアとしての構造差は極めて限定的であり、個人差のほうが性差よりもはるかに大きい」という客観的事実なのです。