毛利小五郎の射撃人生を語る上で避けて通れない最大の分岐点が、1998年公開の劇場版第2作『名探偵コナン 14番目の標的(ターゲット)』で明かされた、妻・妃英理への発砲事件です。当時、刑事だった小五郎は、逮捕寸前の凶悪犯・村上丈に人質に取られた英理に対し、迷わず引き金を引いて彼女の太ももを撃ち抜きました。
表面的に見れば「刑事が人質である妻を誤射した大不祥事」と受け取られかねないこの行動ですが、これこそが毛利小五郎が妃英理を撃った本当の理由であり、極限状況下で編み出された超高等戦術でした。現場の状況を冷静に分析すると、以下の3つの論理的帰結が導き出されます。
- 人質の無力化による「盾」の無効化:犯人が人質を取る最大の理由は「自分の盾にして逃走するため」です。しかし、人質の足が負傷して自力歩行が不可能になれば、犯人にとって人質は「命を守る盾」から「逃走の邪魔になる重荷」へと一瞬で変化します。
- 犯人の心理的優位の完全破壊:「警察官は人質がいる限り絶対に撃ってこない」という犯人の慢心を、人質の足を正確に撃ち抜くことで粉砕し、強烈な動揺とパニックを誘発させました。
- ミリ単位の弾道計算:大腿部には大腿動脈という致命的な血管が走っています。そこをわずかに外し、生命に別条がない筋肉の表面だけをかすめるように撃ち抜く芸当は、ミリ単位の誤差すら許されない神業です。
この戦術によって村上丈は英理をその場に遺棄せざるを得なくなり、結果として英理の命は救われ、犯人の確保に至りました。しかし、当時の警視庁上層部やマスコミは「人質を危険に晒した暴走」として小五郎を激しく批判します。さらに、足を負傷した英理が痛む身体を押して作った夕食に対し、小五郎が心ない言葉を浴びせて大喧嘩に発展したことが決定打となり、2人は別居に至りました。
小五郎が警察を辞職した深層心理には、組織からの懲戒処分への不満ではなく、「愛する妻を自らの手で撃たざるを得なかった警察官としての無力感」と「妻を危険に巻き込んだ自責の念」がありました。彼の粗暴な態度は、心の中で血を流し続ける傷口を隠すための痛々しい虚勢だったのです。