なぜ力餅食堂は激減したのか?のれん分けの掟と名物おはぎの真相に迫る

なぜ力餅食堂は激減したのか?のれん分けの掟と名物おはぎの真相に迫る

なぜ力餅食堂は激減したのか?のれん分けの掟と名物おはぎの真相に迫るについて知っておくべき 事実を分かりやすく解説いたします。

関西の私鉄沿線や昔ながらの商店街を歩くと、かつて当たり前に存在していた力餅食堂のシャッターが下りている光景を目にすることが増えました。報道各社の地域ニュースや商業統計の推移を追うと、かつて近畿・中国地方全域に約100店舗以上存在していた力餅食堂は、現在ではその3分の1以下にまで落ち込んでいます。

なぜ、これほど地域住民に親しまれてきた食堂が姿を消しているのか。その最大の理由は、不景気や大手飲食チェーンとの競合による「売上不振」ではありません。現場の店主たちが口を揃えるのは、店主自身の高齢化(70代〜80代)と深刻な後継者不足です。

力餅食堂の朝は早く、午前5時前後の仕込みから始まります。毎朝もち米を蒸し、小豆を炊いておはぎや赤飯を仕立て、大量の削り節と昆布から丁寧に出汁を引く重労働。これを夫婦二人三脚、あるいは少人数の家族経営で半世紀にわたり支えてきたケースが大半です。しかし、昭和の高度経済成長期とは異なり、現代では店主の子ども世代が大学進学や一般企業への就職を選ぶのが一般的になりました。

帝国データバンク等の事業承継動向調査でも示されている通り、飲食業界における親族内承継の割合は年々低下しており、後継者未定率は飲食業全体で70%超に達しています。後述する厳格なのれん分け制度によって「外部の第三者へ安易に屋号を売却・譲渡できない」という歴史的縛りも重なり、店主の体力の限界や病気療養を機に、常連客に惜しまれながら潔く閉店を選ぶ店舗が相次いだのが激減の真相です。

森 瞳
著者

森 瞳

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