「うーんマンダム」という言葉の原点は、1970年(昭和45年)5月に放映が開始された男性用化粧品ブランド「マンダム」のテレビコマーシャルに遡ります。このプロジェクトが始動した当時、発売元である丹頂株式会社(1927年創業)は絶体絶命の危機に瀕していました。
1960年代後半の日本の男性化粧品市場は、資生堂が1967年に投入した「MG5」が圧倒的なシェアを握り、モダンで洗練された都会的イメージで若者の心を完全に掴んでいました。対する丹頂は、戦前からの主力商品であった「丹頂チック(整髪用ポマード)」のイメージがあまりにも強く、若年層から「古臭い」「おじさんの油」と敬遠され、急激な業績悪化に苦しんでいたのです。当時の負債総額は巨額に達し、業界内では「丹頂の倒産は時間の問題」と囁かれていました。
この破滅的な状況下で三代目社長に就任した西村彦次は、社運のすべてを賭けた起死回生の新ブランド「マンダム」の立ち上げを決断します。従来の流通網や商品開発の発想を捨て去るため、宣伝の指揮を委ねたのが、当時個人映画の旗手として異彩を放ち、CMディレクターとしても頭角を現していた大林宣彦でした。
大林監督は、洗練された都会的な男らしさを売りにする資生堂への対抗軸として、「荒削りで野生味あふれる大人の男」という真逆のコンセプトを提示します。起用されたキャラクターこそが、映画『荒野の七人』や『大脱走』で世界的なアクションスターとしての地位を確立していたハリウッド俳優、チャールズ・ブロンソンでした。