結論から明確に言えば、ウバザメが人間を捕食する「人食いサメ」であるという説は完全な事実無根です。これまで世界の海洋において、ウバザメが人間を獲物として認識し、襲いかかって食べたという公式記録は一件たりとも存在しません。
それにもかかわらず、なぜウバザメはこれほどまでに「凶暴な人食いザメ」として恐れられているのでしょうか。その最大の要因は、一度見たら脳裏に焼き付いて離れない直径1メートルを超える巨大な口と、悪夢のようなビジュアルにあります。ウバザメは海水を大量に取り込みながら泳ぐため、口を限界まで大きく広げます。その開口部の奥には赤黒い鰓(えら)の内側が露出し、まるで深淵へ引きずり込むブラックホールのように見えるのです。
さらに、ウバザメは分類学上でネズミザメ目ウバザメ科に属しており、かの悪名高きホホジロザメと近縁に位置します。遠目から背鰭(せびれ)だけが海面に突き出ている光景を見れば、歴戦の漁師でさえ一瞬「巨大なホホジロザメが現れた」と息を呑むほどです。人間の心理には、巨大で正体不明の生物に対して防衛本能から過剰な攻撃性を想起してしまう「メガロフォビア(巨大物恐怖症)」に近い認知バイアスが存在します。この視覚的恐怖が、ネット上で「人を丸呑みにする海の怪物」というデマを拡散させる温床となってきました。