中牟田俊男氏の足跡を辿るうえで欠かせないのが、福岡の名門商人としての出自と、若くして経営の舵取りを担ったエリートとしての歩みです。中牟田家は、1754年に創業された呉服商「紅屋」を源流とし、明治期に福岡初の本格的百貨店「岩田屋」を興した名門一族でした。
1928年(昭和3年)に福岡で生まれた中牟田氏は、慶應義塾大学経済学部を卒業後、岩田屋へ入社。創業者一族の正統後継者として帝王学を学び、1960年代から1980年代にかけて代表取締役社長、のちに会長としてグループの全盛期を築き上げました。
同氏の存在感は単なる一企業の経営者にとどまりませんでした。地元経済界の総本山である福岡商工会議所会頭を長年にわたり務め、九州電力や西日本鉄道など九州を代表する中核企業群(通称「七社会」)のトップ陣と肩を並べ、福岡の都市戦略決定において中心的な役割を果たしました。当時の地元紙経済記者は手記のなかで、「中牟田氏の一声で天神の商業計画が動いた時代があった」と証言しています。