物語の背景にあるのは、受領(地方官)の父に伴われて上総国(現在の千葉県中部)で少女期を過ごした菅原孝標女の上京劇です。『更級日記 門出』において、彼女は東国の田舎で「光る源氏の物語」の断片を継母や親類から断片的に聞かされ、「早く都へ行って、全編を一通り読みたい」と薬師仏に祈り続けていました。
上京を果たした彼女が十代半ばを迎えた寛仁4年(1020年)頃、決定的な瞬間が訪れます。大納言源通憲(あるいは藤原隆家)の邸に出仕していた伯母から、待ち焦がれた品が届いたのです。
問題のテキストを確認してみましょう。
「叔母の、大納言殿の女房なるが見まほしがりたまふなるを、尋ね寄りて、源氏の五十余巻、櫃に入りながら、中将の君、阿佐茅などの物語添へて得させたまへるを、見る心地、心地ぞする」
【源氏の五十余巻 現代語訳】
「私の伯母で大納言殿の女房である人が、『(姪の私が源氏物語を)見たがっておられるそうだ』と聞き及んで、方々を探し求めてくださり、源氏物語の五十余巻を、箱に入ったまま、中将の君や阿佐茅などの物語も添えてプレゼントしてくださったのを手にしたときの気持ちといったら、まるで天にものぼるような気持ちがするのである」
昼は一日中読みふけり、夜は灯火のもとで貪るように読み進める姿は、現代で言えば長編マンガや小説の一気読みに没頭するファンの姿そのものです。しかし、知的好奇心の極致に達したこの記述において、彼女がわざわざ「五十余巻」と書き留めた背景には、単なる個人の主観に留まらない平安写本史の深層が存在します。