毎年12月30日の放送終了後、SNSや掲示板では「なぜこの曲が大賞なのか」「出来レースではないか」という議論が噴出します。日本レコード大賞のネットの反応がここまで過熱する背景には、音楽業界の力学と視聴者の体感ヒットとのギャップがあります。
かつて週刊誌報道などで報じられた芸能プロダクション間の政治力学や買収疑惑報道は、視聴者に根強い不信感を与えました。現場取材を続ける音楽ジャーナリストの間でも、「過去の歌謡界において、レコード会社とプロダクションの営業攻勢が審査員票に影響を与えていた時代があったことは公然の秘密」と語られています。
しかし、近年の選考実態を検証すると、単なる「裏の談合」というよりも「賞の制度設計そのものが抱える構造的なズレ」が出来レース疑惑を生み出す最大の要因となっています。
第一に、デジタルネイティブ世代が支持するストリーミングヒット(TikTok発のバイラルやネット発シンガー)は、テレビの生放送番組に出演しないケースが多く存在します。地上波のプライムタイム特番である以上、番組側としては「当日会場に来て生歌を披露できること」を前提にキャスティングを進めざるを得ず、結果としてテレビ出演に前向きな大手事務所所属のアーティストに受賞が集中しやすい構図が生まれます。
第二に、審査員が高齢化している点も指摘されてきました。審査員団が好む「しっかりとした歌唱力とメロディラインを持つ楽曲」と、若年層がサブスクで聴き込む「トラックメイク重視の短尺楽曲」との間に評価基準の断絶が生じ、ネット上での「体感と合わない」というフラストレーションに繋がっています。