西山朋佳を語るうえで外せないのが、女性初の「棋士(四段=正規プロ)」を目指して戦い抜いた奨励会三段時代、そして話題を呼んだ棋士編入試験の軌跡です。
師匠である伊藤博文七段の門を叩き、幼少期から関西将棋会館で腕を磨いた彼女は、並み居る男性の精鋭ひしめく新進棋士奨励会を駆け上がりました。プロ入り一歩手前の「三段リーグ」では、女性として史上最高となる次点(昇段に準ずる好成績)を獲得。プロ入りまであと一勝という極限のプレッシャーを経験した数少ない勝負師の一人です。
2026年に年齢制限と将来を見据えて奨励会を退会し女流棋士へと転向しましたが、公式戦で所定の勝率基準(直近10勝以上かつ勝率6割5分以上)を突破したことで、2026年に棋士編入試験の受験資格を獲得しました。若手新鋭棋士5人を相手にする五番勝負は、連日全国ニュースで報じられる社会現象となりました。
結果として3敗を喫しプロ編入の即時達成とはならなかったものの、各対局で見せた妥協のない攻めの姿勢と深遠な大局観は、日本将棋連盟幹部や対戦相手からも「四段と同等以上の実力がある」と極めて高い評価を受けました。敗戦直後の記者会見で「悔しさはあるが、すべてを盤上にぶつけられた」と淡々と語った姿は、勝負師としての強い矜持を感じさせる名場面として記憶されています。