パリ五輪のコンコルド広場に設けられた特設ステージで、世界中の視聴者が息を呑みました。オーストラリア代表 ブレイキン女子のレイチェル・ガン選手が見せたのは、従来のブレイクダンスの常識を覆すステップでした。地面を這うように転がり、両手を胸元で曲げて跳ねる「カンガルーホップ」や、芝生のスプリンクラーを模したユニークな身体表現を披露したのです。
しかし、結果は非情なものでした。ラウンドロビン形式の予選3試合において、対戦相手であるアメリカ、フランス、リトアニアの強豪選手に対し、ジャッジの有効投票は1票も入らず、パリ五輪 ブレイキン女子 0点(各バトル0-18、トータル0-54)という記録的なストレート負けを喫しました。
なぜ彼女はあのような動きを選択し、なぜ1点も得られなかったのでしょうか。最大の要因は、オリンピックに採用された世界ダンススポーツ連盟(WDSF)の厳格な採点システム「トリベット・システム」にあります。五輪のブレイキンでは、以下の5つの基本指標が均等に評価されます。
- 身体性(Technique / 身体能力):パワームーブのキレ、軸のブレのなさ、運動量
- 多様性(Vocabulary / 技の引き出し):ステップ、フリーズ、フロアワークの豊富さ
- 独自性(Originality / 創造性):個性的なムーブ、自分だけのスタイル
- 音楽性(Musicality / 音への反応):DJが流す即興ビートに対する同期度
- 表現力(Execution / 完成度):ミスなく技を決め切る安定感
ガン選手は試合後のインタビューで「十代や二十代の若手選手が繰り出すダイナミックなパワームーブに対抗できないことは自覚していた。だからこそ芸術性とオリジナリティに全振りし、オーストラリアらしさを表現するムーブで勝負を挑んだ」と明かしています。しかし、ブレイキン オーストラリア カンガルーと揶揄されたそのアプローチは、ブレイキンの基礎技術であるトップロックやフットワークの難度、音楽とのシンクロ率という土台を欠いていたため、国際審判員から競技パフォーマンスとして評価されなかったのが冷徹な実態です。