鶏肉調理において最も警戒すべき病原体は、国内の細菌性食中毒の発生件数で常に上位を占めるカンピロバクター(Campylobacter)です。厚生労働省の食中毒統計や研究機関の市販鶏肉実態調査によれば、流通している生鶏肉の数割から過半数において菌が検出されており、鶏肉の表面だけでなく筋繊維の隙間や内部まで汚染が及んでいる前提で扱う必要があります。
カンピロバクターによる食中毒は、激しい腹痛、下痢、発熱を引き起こすだけでなく、感染から数週間後に手足の麻痺や呼吸困難を伴う難病「ギラン・バレー症候群」を発症するリスクを孕んでいます。この菌を死滅させる公的な安全基準は、食品の「中心温度が75℃で1分以上」、またはこれと同等の加熱殺菌(中心部63℃で30分以上)を達成することです。
近年普及した低温調理器や炊飯器の保温機能を使用する際、「中心がほんのりピンク色で柔らかい状態」を極上と盲信する風潮には重大な落とし穴が存在します。中心部が60℃未満の状態で長時間放置された場合、殺菌どころかカンピロバクターやセレウス菌などの至適増殖帯で保温し続けることになり、重大な健康危害に直結します。調理用の中心温度計(刺し型デジタルプローブ)を使用し、肉の最も厚い部分が確実に目標温度へ達しているかを数値で検証する姿勢が求められます。