カツオ一本釣りの現場を初めて見た人の多くが抱く最大の疑問は、「なぜ海には本物の生餌を撒いているのに、竿の針には疑似餌を付けているのか?」という点です。普通に考えれば、針にも本物の魚を付けたほうが食いつきが良いはずです。しかし、そこには秒単位で勝負が決まるプロの計算が存在します。
最大の理由は、カツオの群れを「狂乱状態(フィーディングフレンジー)」に追い込み、手返し(釣獲サイクル)のスピードを極限まで高めるためです。船上から生きたカタクチイワシが連続して撒かれると、カツオは餌を奪い合う興奮状態に突入し、動くものすべてに反射的に食いつくようになります。この状態になったカツオは、本物の餌か疑似餌かを識別する知性を失っています。
もし針に生餌を付けていれば、1本釣り上げるたびに餌を付け直す時間(5〜10秒程度)が発生します。しかし疑似餌であれば、魚が針から外れた瞬間にそのまま次のキャストへ移れるため、わずか2〜3秒に1本のペースで連続捕獲が可能です。カツオの群れが船の下に留まる時間はわずか数分から十数分程度であるため、この手返しの速さが漁獲高を決定づけます。
また、使用される針には「返し(アゴ・バーブ)」が一切ありません。針先が滑らかな曲面になっており、カツオが宙を舞って船尾のデッキに落ちた瞬間、テンションが抜けて自動的に針が口から外れる構造になっています。漁師は針に触れることすらなく、竿を返す動作だけで次のカツオを掛けにいくことができるのです。