インターネット上の短文コメントや切り抜き動画などで本作を知った若い世代の間には、しばしば誤った先入観が見受けられます。その最たるものが「古き良き昭和の、ほのぼのとした田舎暮らし賛歌」という誤解です。
実際の『北の国から』は、そんな生ぬるいノスタルジーとは対極にある、人間の生々しいエゴ、性、暴力、罪、そして地方社会の厳しい現実を抉り出した骨太な人間ドラマです。ネット上での誤解と実際のドラマのリアリティを対比すると、以下の通りです。
- 誤解1:清貧で仲睦まじい理想の家族像
真相:純は思春期以降、都会への憧れから嘘を重ね、父親の財布から金を盗み、友人のバイクを盗難して事故を起こし、交際女性を妊娠させて逃げ出すなど、数々の過ちと裏切りを繰り返します。五郎自身も聖人君子ではなく、酒に酔って怒鳴り、時に暴力的な感情を露わにする、欠点だらけの不完全な男として描かれています。 - 誤解2:大自然が人間を優しく包み込むヒーリングドラマ
真相:倉本聰が描く富良野の自然は、油断すれば凍死や遭難を招く「人間を拒絶する過酷な牙」を持っています。寒さで水道管が破裂し、マイナス20度の世界で生きるための過酷な労働が容赦なく描かれます。 - 誤解3:都会=悪、田舎=善という二項対立
真相:地方特有の閉鎖性、濃密すぎる人間関係のしがらみ、借金苦による夜逃げや離農の現実など、過疎の厳しさが克明に描写されます。登場人物たちは誰もが現実の重圧ともがきながら生きています。
美談に回収されない生々しい「業(ごう)」と、それでも血の繋がりと土地の引力で結ばれる人間関係の凄みこそが、本作を時代を超えたマスターピースたらしめている真の理由です。