日本語には「件の如し(くだんのごとし)」や「ごくだん(件)」という表現があります。「前述の通り」「いつものこと」を指す慣用表現ですが、これが妖怪の件とどう結びついているのかは民俗学上も興味深い論点です。
言語学的な事実として、「くだん(件)」という語自体は、平安時代から公文書や証文の末尾で「証文に書かれた条項に偽りはない」ことを宣言する文言「件の如し(=以上の通りである)」として定着していました。つまり、「文字通り真実である」「決定事項である」という法的な意味合いが先に存在していたのです。
江戸時代後期になると、「人」偏に「牛」と書く漢字の構造(件=人+牛)と、言葉が持つ「決して嘘偽りがない」という意味が民衆の想像力の中で融合しました。「絶対に外れない予言をする人面牛=件」という妖怪のキャラクター造形が完成し、瓦版職人たちの商業主義と結びついて一気に全国へ流布したという構造が見て取れます。
幕末から明治時代にかけては、件の予言を恐れるだけでなく、「件の絵を家内屋敷に貼れば一切の災いを免れる」という現世利益的な厄除け信仰へと発展しました。版元は不安に駆られる民衆に向けて件の木版画を刷り、お守りとして売り捌く一大ビジネスを展開していたのです。