ネット上の言説において、「過剰なクレームやPTAからの批判が殺到したため、コナンから怖い事件が消えた」とまことしやかに語られることが多々あります。しかし、この言説は半分正しく、半分は誤解を含んでいます。作風の変遷には、より複合的な制作上の必然性とメディア展開の戦略が介在していました。
第1に、作品ターゲット層の大規模な拡大とファミリーシフトです。連載初期の『名探偵コナン』は、少年サンデー編集部内でも『金田一少年の事件簿』に対抗する本格推理漫画として企画され、青年層や大人も意識した猟奇的な本格サスペンス色が強く打ち出されていました。しかしアニメ化以降、小学生を中心とするファミリー層や女性ファンが爆発的に増加。これに伴い、過激な人体損壊や生理的嫌悪感を催す描写は自然と抑制され、暗号解読やロジック、キャラクター同士の関係性を主軸に据えた構成へとシフトしていきました。
第2に、劇場版の興行的大成功に伴う「エンタメ・アクション化」の影響です。毎年のゴールデンウィーク興行で数百億円規模を稼ぎ出す巨大IPへと成長する過程で、作中におけるクライマックスの見せ場が「密室での凄惨な謎解き」から「コナンや安室透、赤井秀一らによるド派手なアクションとスペクタクル」へと拡張されました。トラウマ回が減少したのは、単なる自主規制の結果ではなく、国民的エンターテインメントとしての間口を広げ、多様なファン層を包摂するための前向きな進化の帰結だったのです。
また、トラウマ回を単なる「悪趣味なホラー」と見なすのも大きな誤りです。原作者・青山剛昌氏が初期に描いたこれらの一連の事件は、横溝正史や江戸川乱歩、アーサー・コナン・ドイルといった古典推理小説への深いリスペクトに満ちており、本格ミステリーが持つ「怪奇と論理の融合」を児童漫画のフィールドで極限まで追求した結晶だったといえます。