企業が長年続けてきた名札の慣習を覆し、名札廃止や表記変更へ踏み切る最大の動機は、深刻化するカスハラ対策と従業員のプライバシー保護です。民間調査機関のアンケートデータによると、接客現場で働く従業員の約97%が「勤務中に実名を不特定多数に晒すことに対して強い精神的負担を感じている」と回答しています。名札はもはや単なる自己紹介ツールではなく、理不尽な攻撃の「標的」に変わってしまったのが実情です。
決定打となったのは、SNS特定晒し被害防止という極めて現代的な危機管理の必要性です。来店客が店員の胸元にスマートフォンを向け、名札のフルネームを無断撮影してX(旧Twitter)やTikTokに「この店員の態度が悪かった」と動画付きで投稿する事例が後を絶ちません。さらに悪質なケースでは、珍しい名字やフルネームを手がかりにFacebookやInstagramなどの個人アカウントを割り出され、DMで執拗にナンパされたり、自宅周辺をうろつかれるストーカー被害にまで発展した記録が警察や労働相談窓口に数多く寄せられています。
都内のある大手カフェチェーンで働くアルバイトスタッフは、当時の恐怖を次のように証言しています。「店舗で接客した直後、Instagramの個人アカウントに『さっきレジにいた〇〇さんですよね、可愛かったです』と見知らぬ客からメッセージが届きました。胸元のフルネームを見られただけで私のプライベートが侵食されたと感じ、足が震えて出勤できなくなりました」。こうした深刻な実態を受け、企業側は「従業員の身の安全を守れない職場には人が集まらない」という強烈な危機感を抱き、名札廃止の理由として実効性のある防衛策を講じざるを得なくなったのです。