ネット上では長年、「秋山と桜庭は生涯口も利かない仇敵同士であり、桜庭は今も秋山を激しく憎んでいる」という言説が事実のように語られてきました。しかし、この見方は事実に即していません。
桜庭和志というファイターの本質は、常にリング上での純粋な勝負論にありました。事件直後こそ、身の危険を感じたことやルールの杜撰さに憤りを隠さなかった桜庭ですが、秋山個人に対して私怨をぶつけ続けるような言動は控えました。関係者の証言によると、桜庭は後年、「ルールを守らなかったのは問題外だが、リングに上がったらレフェリーが止めるまで戦うのが選手の性。運営が機能していなかったことが一番の問題」と周囲に漏らしていたといいます。
決定的な転機となったのは、事件から十数年の時を経たメディア企画やイベントでの接触でした。2010年代後半以降、格闘技関係者の仲介によって公の場で顔を合わせる機会が生まれ、両者は対談や握手を交わしています。桜庭特有のシニカルなユーモアを交えつつ、「あの時は本当に滑ったんだから」と笑い話に昇華させることで、事実上の「歴史的和解」が成立しました。互いに命を削り合ってきたプロフェッショナルとして、遺恨をビジネスや個人的憎悪として引きずらない――それが桜庭和志という男が選んだ美学でした。