山中柔太朗を語る上で欠かせないのが、芸能界入りする直前まで本気で打ち込んでいた10年間のサッカー経歴です。栃木県出身の彼は5歳からボールを蹴り始め、中学生時代には足利市選抜のみならずU-15栃木県トレセン選抜に選出されるほどの実力を誇っていました。
ポジションは広い視野と精緻な判断力が求められるミッドフィールダー(MF)。本人が専門メディアの取材で「試合全体の流れを組み立てるのが好きだった」と回顧している通り、この時期に培われた空間認識力や瞬時の状況判断は、グループフォーメーションでのダンスやドラマの立ち回りにも直結しています。当時は強豪高校からの推薦入学も視野に入っていた本格派でした。
転機が訪れたのは中学3年生の冬。原宿の竹下通りでスカウトを受けたことです。幼少期からの夢だったサッカーと未知なる芸能界の選択に直面した際、挑戦を選ぶ決断を下しました。高校は芸能活動と両立させるため通信制の高校を選択し、学業を堅実に修めながらレッスンに没頭。大学には進学せず、芸能界一本で勝負する覚悟を決めた軌跡が現在のプロ意識を支えています。
家庭環境については、両親と兄の4人家族。特に実の兄とはファッションの趣味を共有し、服の貸し借りをするほど親密であることが明かされています。家族の温かな支えがあったからこそ、多感な時期の進路変更を乗り越えられたと言えます。