王貞治を支え抜いた妻・王恭子の生涯|遺骨事件の真相と家族の絆

王貞治を支え抜いた妻・王恭子の生涯|遺骨事件の真相と家族の絆

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平穏な家族の日常に暗雲が立ち込めたのは、福岡ダイエーホークスを率いてリーグ連覇を達成するなど指導者として円熟味を増していた2000年秋のことでした。恭子夫人の体調不良が判明し、精密検査の結果、進行性の胃がんと診断されます。

病状は決して楽観視できるものではなく、約1年にわたる過酷な闘病生活が始まりました。当時、福岡に本拠地を置く球団の指揮官であった王貞治氏は、日中はチームの采配を振るい、試合終了後は最終便の航空機で東京の病院へ駆けつけ、翌朝再び遠征先へ戻るという強行スケジュールで妻の看病を続けました。報道各社の当時の取材メモによると、王氏は過密日程の合間を縫って病室に泊まり込み、妻の手を握り続けたといいます。

しかし、医学の尽力と献身的な看護も虚しく、2001年12月10日、恭子夫人は都内の病院で静かに息を引き取りました。満57歳没。あまりにも早い旅立ちに、球界のみならず全国のファンが深い悲しみに包まれました。葬儀・告別式で王貞治氏が見せた沈痛な表情と、妻への深い感謝を述べた言葉は、多くの参列者の涙を誘いました。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。